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水戸地方裁判所 昭和49年(ワ)180号 判決 1978年7月14日

原告 酒泉登

原告 酒泉喜久代

右両名訴訟代理人弁護士 滝田時彦

右両名訴訟復代理人弁護士 安徹

被告 西野友江

右訴訟代理人弁護士 倉本英雄

主文

原告らの主位的請求を棄却する。

被告は原告らに対し別紙物件目録(二)記載の建物について昭和四九年七月一〇日の建物買取請求を原因とする所有権移転登記手続をするとともに、同建物から退去して同建物を明渡せ。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの負担とし、その他を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(主位的請求)

1 被告は原告らに対し、別紙物件目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)を収去して同目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)を明渡せ。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 右1について仮執行宣言。

(予備的請求)

1 被告は原告らに対し本件建物について昭和四九年七月一〇日の建物買取請求を原因とする所有権移転登記手続をするとともに、同建物から退去して同建物を明渡せ。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 右1の建物退去、明渡請求について仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

(主位的請求)

1 原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(予備的請求)

1 原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二主位的請求についての当事者の主張

一  請求原因

1  本件土地はもと酒泉彦太郎(以下「彦太郎」という。)の所有に属するものであったが、同人が昭和二九年九月六日死亡したため、原告らは同人から同土地を相続した。

2  被告は本件土地上に本件建物を所有して、同土地を占有している。

3  よって、原告らは被告に対し、本件土地の所有権に基づき本件建物を収去して同土地を明渡すことを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1及び2の事実は認める。同3の主張は争う。

三  抗弁

1  被告は、次のとおり、本件土地に対する使用借権に基づきこれを占有する権限を有する。

(一) 原告酒泉登(以下「原告登」という。)は被告に対し、被告が本件建物を買受けた直後の昭和三七年八月ころ本件土地を無償で貸渡した。

(二) 被告は原告登から、昭和三八年二月、「建物ある限り気にしないで本件土地を使っていて下さい。」という趣旨の話を受けたことから、同月以降、本件土地を自己のために無償で借受けて使用する意思で、平穏公然善意無過失にこれを占有使用してきたものであるから、右占有の始期より一〇年を経過した昭和四八年二月末日までには民法第一六三条に基づき、本件土地に対する使用借権を時効によって取得した。被告は本訴において右時効を援用する。

2  仮に右使用借権に基づく占有権限が認められないとしても、小林孝蔵(以下「小林」という。)は彦太郎から、昭和二一年三月一日、本件土地を建物所有の目的で賃借して同土地上に居宅を建て、その後右居宅を改造して本件建物を所有するに至った。原告らは、昭和二九年九月六日、彦太郎の死亡により同土地に対する賃貸人としての地位を相続した。被告は小林から、昭和三七年八月一六日、本件建物と本件土地に対する賃借権とを譲受けたが、右賃借権の譲渡につき、原告らの承諾が得られなかったので、被告は原告らに対し、昭和四九年七月一〇日の本件第一回口頭弁論期日において、借地法第一〇条により本件建物を時価で買取ることを請求する旨の意思表示をした。したがって、本件建物は被告の所有には属しないものとなった。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の(一)及び(二)の事実は否認する。

2  抗弁2の事実は認めるが、その効果は争う。

五  再抗弁

被告は、昭和三七年八月一六日小林から本件建物と本件土地に対する賃借権を譲受け、その直後原告らに対し賃借権譲渡の承諾を求めて拒否されたから、その時点において本件建物の買取請求権を行使しうることになった。それから一〇年を経過した昭和四七年八月末日までには、被告の原告らに対する本件建物買取請求権は時効によって消滅した。原告らは本訴において右時効を援用する。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実は否認する。

七  再々抗弁

原告らが本件建物買取請求権の消滅時効を援用することは権利の濫用、信義則違反として許されない、即ち、原告らは被告に対し小林から被告への本件土地に対する賃借権の譲渡を承諾しない旨明言せず、同土地に対する使用貸借を許すような言動をし、しかも被告方の隣に居住しながら本件建物の明渡を求めず、被告と円満に交際していた。原告らのこのような態度は被告による同建物の買取請求権の行使を困難にさせようとの謀略とも考えられ、甚だ公明正大を欠くものである。

八  再々抗弁に対する認否

再々抗弁事実を否認する。

第三予備的請求についての当事者の主張

一  請求原因

1  本件土地はもと彦太郎の所有に属するものであったが、同人が昭和二九年九月六日死亡したため、原告らは同人から同土地を相続した。

2  被告は本件土地上に存在する本件建物を占有している。

3  彦太郎は昭和二一年三月一日小林に対し建物所有の目的で本件土地を賃貸した。小林は同土地上に居宅を建てその後右居宅を改造して本件建物を所有するに至った。原告らは昭和二九年九月六日、彦太郎の死亡により本件土地に対する賃貸人たる地位を相続した。被告は、昭和三七年八月一六日小林から本件建物と本件土地に対する賃借権とを譲受けたが、右賃借権の譲渡につき原告らの承諾が得られなかったので、昭和四九年七月一〇日の本件第一回口頭弁論期日において原告らに対し借地法第一〇条により本件建物を時価で買取ることを請求する旨の意思表示をした。

4  よって、原告らは、被告に対し、昭和四九年七月一〇日の本件建物買取請求を原因として本件建物について所有権移転登記手続をするとともに、同建物から退去して同建物を明渡すことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は認める。

4  同4の主張は争う。

三  抗弁

1  被告が建物買取請求をした本件建物の時価は金一一、〇七七、〇〇〇円であるところ、被告の本件建物退去、明渡義務及び所有権移転登記手続義務と原告らの買取代金支払義務とは同時履行の関係にあるので、被告は原告らが買取代金の支払義務を履行するまで原告らに対し本件建物からの退去、明渡及び同建物についての所有権移転登記手続を拒絶する。

2  被告は本件建物の買取代金一一、〇七七、〇〇〇円の支払を受ける権利があるから同建物に対する留置権に基づいてその支払を受けるまで本件建物からの退去、明渡を拒絶する。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  同2の事実は否認する。

五  再抗弁

原告らの建物買取代金債務は弁済期にはないものである。即ち、本件建物には乙区順位三番をもって茨城県中央信用組合のため、同七番をもって高宗範のため、同九番をもって洪鐘義のためそれぞれ根抵当権若しくは抵当権が設定されてその登記がなされている。したがって原告らは買取請求権行使の結果第三取得者となれば民法第五七七条により抵当権が滌除によって消滅するまでは買取代金の支払を拒絶することができるからである。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実を否認する。

第四証拠《省略》

理由

第一主位的請求について

一  本件土地がもと彦太郎の所有に属するものであったこと、同人が昭和二九年九月六日死亡したため、原告らは同人から同土地を相続したこと、被告が同土地上に本件建物を所有して同土地を占有していることについては当事者間に争いがない。

二  使用貸借契約成立の抗弁について

被告は、原告登と被告との間に本件土地につき、原告らを貸主、被告を借主とする使用貸借契約が締結されたと主張し、証人西野勇の証言中には被告が原告らから本件土地を買受けるまで、被告が同土地を使用することを原告登が認めた旨の、また右主張の趣旨に沿うような供述があるが、右供述は原告登及び被告各本人尋問の結果に照らしてたやすく信用できず、他に主張事実を認めるに足る証拠はない。

三  使用借権の時効取得の抗弁について

本件全証拠によるも、被告が昭和三八年二月以降、本件土地を自己のために原告らより無償で借受けて使用する意思を有していたことを認めるに足りない。従って、被告が本件土地の使用借権を時効により取得した旨の被告の主張は採用できない。

四  建物買取請求の抗弁について

1  彦太郎が小林に対し、昭和二一年三月一日、本件土地を建物所有の目的で賃貸したこと、小林は同土地上に居宅を建て、その後右居宅を改造して本件建物を所有するにいたったこと、原告らが、昭和二九年九月六日、彦太郎の死亡により本件土地に対する賃貸人たる地位を相続したこと、被告が小林から、昭和三七年八月一六日、同人所有の本件建物と本件土地に対する賃借権とを譲受けたこと、原告らは右賃借権の譲渡につき承諾をしなかったこと、被告が昭和四九年七月一〇日の本件第一回口頭弁論期日において原告らに対し借地法第一〇条により本件建物を時価で買取ることを請求する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

2  ところが、原告らは被告の本件建物買取請求権が一〇年の時効によって消滅した旨主張する。

被告らが昭和四九年七月一〇日原告らに対し本件建物の買取を請求したことは前記1に判示したとおりである。

建物買取請求権の時効はこの請求権を行使しうるときから進行するものというべきであるが、本件全証拠によっても昭和四九年七月一〇日の一〇年前である昭和三九年七月一〇日までに原告らが被告に対し小林から被告への本件土地に対する賃借権の譲渡を承諾しない旨の意思を明確に表明した事実は認められないから、同日までに被告が原告らに対し本件建物の買取請求権を行使しうる状況にあったとはいえない。したがって、被告の原告らに対する本件建物買取請求権がその行使された昭和四九年七月一〇日以前に時効により消滅したものということができない。

3  したがって、被告の再々抗弁について判断するまでもなく、被告が昭和四九年七月一〇日原告らに対し本件建物の買取請求をしたことにより、同日原告らと被告との間に時価をもってする本件建物の売買が成立したものというべきである。

五  以上判示したところによれば、被告が本件建物を所有することによって本件土地を占有するとして、被告に対し同建物を収去して同土地の明渡を求める原告らの主位的請求は理由がない。

第二予備的請求について

一  本件土地がもと彦太郎の所有に属するものであったこと、同人が昭和二九年九月六日死亡したため、原告らは同人から同土地を相続したこと、被告が同土地上に存在する本件建物を占有していること、彦太郎は昭和二一年三月一日小林に対し建物所有の目的で本件土地を賃貸したこと、小林は本件土地上に居宅を建てその後右居宅を改造して本件建物を所有するに至ったこと、原告らは昭和二九年九月六日彦太郎の死亡により本件土地に対する賃貸人たる地位を相続したこと、被告は昭和三七年八月一六日小林から本件建物と本件土地に対する賃借権とを譲受けたが、右賃借権の譲渡につき原告らの承諾が得られなかったので、昭和四九年七月一〇日の本件第一回口頭弁論期日において原告らに対し借地法第一〇条により本件建物を時価で買取ることを請求する旨の意思表示をしたことについては当事者間に争いがない。

二  したがって、被告は原告らに対し昭和四九年七月一〇日の本件建物買取請求に基づいて本件建物について所有権移転登記手続をするとともに、同建物から退去して同建物を明渡す義務があるものというべきである。

ところで、被告の右所有権移転登記手続義務と原告らの本件建物の買受代金支払義務とは同時履行の関係にあるとともに、被告はその占有している本件建物の買取代金債権を被担保債権として本件建物に対する留置権を有しているものというべきであり、被告が右同時履行の抗弁権及び留置権を行使したことは当裁判所に顕著である。

三  しかるに原告らは本件建物の買取代金債務は弁済期にない旨主張するのでこの点について検討する。

1  《証拠省略》によれば、本件建物について、茨城県中央信用組合のため根抵当権が設定され、昭和四四年七月二二日乙区順位三番として元本極度額金三、〇〇〇、〇〇〇円とする根抵当権設定登記が経由され、高宗範のため抵当権が設定され、昭和四九年一月八日乙区順位七番として債権額金一〇、〇〇〇、〇〇〇円とする抵当権設定登記が経由され、洪鐘義のため抵当権が設定され、昭和四九年一月八日乙区順位九番として債権額金一〇、〇〇〇、〇〇〇円とする抵当権設定登記が経由されていることが認められ、この認定を妨げる証拠はない。

2  したがって、原告らは被告らの買取請求権行使の結果本件建物を買受けて同建物の第三取得者となり、民法第五七七条の規定により前記各抵当権の滌除の手続が終るまで被告に対し買取代金の支払を拒むことができるものというべきである。そうすると原告らの本件建物の買取代金債務は弁済期にはないものといいうるから、被告は原告らに対し前記同時履行の抗弁権若しくは留置権に基づいて本件建物についての所有権移転登記手続及び同建物からの退去、明渡を原告らから買取代金の支払を受けるまで拒絶することはできないものというべきである。

四  以上判示したところによれば、被告は原告らに対し昭和四九年七月一〇日の本件建物買取請求に基づいて同建物について所有権移転登記手続をするとともに、同建物から退去してこれを明渡す義務があるものというべきである。したがって、原告らの被告に対する予備的請求は理由がある。

第三結論

よって、原告らの被告に対する主位的請求は失当であるからこれを棄却し、予備的請求は正当であるから認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項本文を適用し、仮執行の宣言の申立については相当でないからこれを却下することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 下澤悦夫)

<以下省略>

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